昔の人はストレスに強かった!?いや、今も昔も「近頃の若者は…」が大人の口癖なだけかも

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長時間労働や過労死、若者の離職率の高さが話題になるたびに聞こえるのが、「昔はもっと働いていた」「今の人はメンタルが弱すぎる」という言葉です。

確かに、「昔は貧しかったから、病気になっている暇もなく、一生懸命働いていた」「長時間働いたって、それが当たり前だから病気になる人なんていなかった」と言われると、そんなもんなのかと納得しそうになります。

また、「最近の若者は一人っ子で、甘やかされて育っているから忍耐力が無い」「ゲームやネットなどのやり取りが中心でコミュニケーション能力が低く、ストレスを感じやすい」などと言われると、説得力があります。

ストレスを感じやすくなっているといえばそうなのかもしれませんが、どうも十分には納得がいきません。

本当に甘やかされて育って、我慢する経験が少なかったり、怒られる経験が少ないと、大人になってから我慢できなかったり、すぐにストレスを感じやすくなったりしてしまうのでしょうか?

逆に言うと、いっぱい怒られてきた人は、大人になってからはいくら怒られてもストレスを感じないということですか?

もともと不安の傾向が高く、いろんなことを怖がっていた人は、大人になるとあまり怖くなくなるということですか?

小さいころ辛い思いをした人は全員社会人になって社会によく適応でき、一方、裕福な家庭に育った人は全員忍耐力が無く社会には適応できないのでしょうか?

忍耐力は大事かもしれないし、怒られたり失敗したりした経験からそれらに対する耐性がつくこともあるかもしれませんが、怒られた経験が少ないと怒られたらすぐへこむようになるとか、失敗した経験が少ないと失敗したら落ち込みやすくなるとか、そんなに単純なことではないように思います。

もっと言うと、じゃあ、ストレスでメンタル不調に至ったり、メンタル疾患を発症した人が全員、甘やかされて育っていたり、ストレスに対する耐性が低かったりするのかというと、そういうこともありません。


事実として、メンタル疾患の発症に関わるのは遺伝と環境です。成育歴の影響も無いとは言いません。しかし、可愛がられて、平和な環境で育ったからストレス耐性が低いという論理は、納得しがたいものです。


話を代表的なメンタル疾患であるうつ病に限ってみましょう。上記のとおり、うつ病を含むメンタル疾患は遺伝と環境の相互作用で発症します。遺伝的(器質的)脆弱性のある人が高いストレスに長期にさらされると、うつ病を発症するわけです。

それを上手く説明するのが、ハンス・セリエの汎適応症候群だと思います。

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「Ⅱ 生活指導及びメンタルヘルスケア - 厚生労働省」


汎適応症候群は、ストレス要因にさらされたときに人間が一般的にとる反応のモデルです。このモデルではストレスに対する反応が①警告反応期(ショック相、反ショック相)、②抵抗期、③疲弊期に分類されています。

警告反応期は、ストレス要因に対する最初の反応で、ストレスにさらされた後、一時的に抵抗力やエネルギーが低下する時期です。

その後抵抗期に入り、抵抗力やエネルギーが逆に高まります。過度なストレスにさらされたときに、ハイになり、ガンガン仕事ができるように感じた経験がある人も多いのではないでしょうか?それが抵抗期です。

抵抗期のうちにストレス要因が解消されればいいのですが、それが上手くいかなかった場合には、疲弊期に入ってしまいます。エネルギーが枯渇し、電池が切れたように、頑張ることができなくなります。興味や関心がわかなくなり、物事が楽しめなくなります。不眠・仮眠、食欲の減退・増進、頭痛、動悸、めまいといった症状も出てくるかもしれません。

この疲弊期に達したときに、人によってはうつ病を発症してしまうと考えられます。

このとき、脳では、セロトニンという神経伝達物質が不足し、このような心身の状態を引き起こす原因となっています。

つまり、うつ病を含めて多くのメンタル疾患は、過剰なストレスにさらされて頑張り過ぎた結果、脳がオーバーヒートし、セロトニンなどの必要な神経伝達物質を使い果たしてしまった状態であると言えます。


このようなうつ病やメンタル不調の発生メカニズムから考えても、昔の人が今の人よりもストレスに強かったという説には納得しかねるわけです。つまり、昔の人の脳は、今の人の脳よりも神経伝達物質が減りにくかったということでしょうか?人間は退化しているのでしょうか?そうとは思えませんよね?


で、統計を確認してみましょう。

昔の電通事件、2015年の方ではなく、古い方の電通事件が起こったのは1991年です。バブルが崩壊し、そこから失われた10年と呼ばれる経済の低迷期が続きます。電通事件の際の時間外労働は月147時間といわれていますが、当時はそれくらいの残業は当たり前だったという人もいます。

では、そのころは、今よりもメンタル不調者が少なかったのでしょうか?

精神科医療の発展もあるので、単純にうつ病の罹患率を調べても適切に比較することはできません。そこで、休職者数、離職率、自殺者数を当時と今で比較してみます。

労働人口の推移

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まず、ベースとなる労働人口ですが、1990年から多少の増減はあるものの、あまり変わってはいないようです。


教員の病気休職者数の推移(H13-H22)

一般企業の休職者数の推移は見当たらないので、教員のもので見ていきます。まず、平成13年(2001年)~平成22年(2010年)のものです。

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確かに、病休者数、そのうちメンタル疾患によるもの、どちらも増加しているようです。しかし、在職者数に対する割合でみると、倍にはなっていますが、メンタル疾患で0.27%~0.59%と、いずれにせよあまり大きな数字ではないように思います。


教員の精神疾患による病気休職者の推移(H22-H26)

次に、平成22年(2010)~平成26年(2014)までの推移です。

H22:5,405、H23:5,274、H24:4,960、H25:5,079、H26:5,045

こちらは在職者数に対する割合が無いので何とも言えませんが、数はそれほど変化ないように見えます。


教員の年代別病気休職者数(H26)

一方、年代別に見るとどうでしょうか。

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病休者数、そのうちメンタル疾患のものともに、決して若者に多いわけではなさそうです。

つまり、教員の例ではありますが、全体としてメンタル疾患を含む病気による休職者の数が増えているのは確かなようですが、それは若者のメンタルが弱くなったからではないように見えます。むしろ、社会的に求められる基準が高まってきて、ストレスになり、特に職責の高い年代を中心に不調に陥っているように見えます。

この結果がすべての業種に当てはまるかどうかはわかりませんが、教員を見る限り、若者が突出して弱いわけではなさそうです。


離職率(厚労省雇用動向調査より)

次に離職率の推移を見ていきます。

推移(H6-H20)

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推移(H13-H27)

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平成6年(1994年)には13.8%だったものが徐々に上がっていき、平成17年(2005年)の17.5%をピークに減少傾向にあるのが見て取れます。平成25年(2013年)には15.0%にまで下がっています。

確かに昔と比べると増加していますが、たった1.2%です。

それでは、若者の離職率が急激に増加しているのでしょうか?


年齢階級別離職率(H27)

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まずはこちらが平成27年(2015年)の年齢階級別離職率です。

最も高いのは19歳以下で男性40.9%、女性36.8%です。次に20歳~24歳で男性24.9%、女性29.2%です。確かに若年者の離職率の高さが目立ちます。

それでは、昔はどうだったかというと…

年齢階級別離職率(H12-H13)

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平成12年(2000年)の離職率は19歳以下の男性で42.1%、女性で46.5%、20歳~24歳の男性で27.0%、女性で24.0%。

少なくとも十数年前は、今と変わらず若者の離職率は高かったようです。


自殺者数の推移

最後に自殺者の推移を確認します。昔の方が強かったのであれば、昔は自殺者が少ないはずです。また、若者のメンタルが弱いのであれば、若者の自殺者数が多いと考えられます。

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自殺者の数は平成10年(1998年)に大きく増加していますがその前後ではあまり変化がないようです。平成10年の自殺者の急増は、「平成9年から10年にかけて、経営状態の悪くなった金融機関による『貸し渋り・貸し剥し』が多くの中小零細企業の破綻の引き金になったことが自営者の自殺の増加に大きく影響している」(松井2009)と考えられています。

年齢別自殺者数の推移(S22-H26)

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年齢別の自殺者数の推移からは、割合としては、男性で30代以降、女性では60代以降の自殺者の割合が多いことが分かります。少なくとも若者のメンタルの弱さを示すような、若者に特化した現象ではないようです。


以上のように、最近の若者のメンタルは、少なくとも十数年前と比べて弱いとは言えなそうです。また、若者と年長者を比べても、若者の方がメンタルが弱いというデータは見つかりませんでした。

若年者、年長者に限らず、メンタル不調に陥る可能性はあり、メンタルヘルスの維持・増進のための活動は重要だといえそうです。

木内敬太
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